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しかしそれだけに留まらず、カプコンとディンプスの開発チームは僅か約1年の開発期間の中でユーザーインターフェイス(UI)を刷新。新しい印象を与えるゲームに作り変えました。その背景にはオートデスクの「Scaleform」の採用がありました。GameBusiness.jpでは大阪は千里中央にあるディンプスにお邪魔してお話を伺いました。
既にオートデスクの「Scaleform」 については何度か紹介してきましたが、本製品はAdobe Flashでオーサリングしたファイルを家庭用ゲーム機やPCなどで動作させるためのランタイムで、主にUIの制作に用いられています。Flashの強力な制作環境を利用できるほか、3Dやムービーを交えて表現力豊かなUIを制作できます。
■俺より強いやつは出てきたか
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『ストリートファイターIV』は「俺より強いやつは出てきたか」というキャッチコピーが記憶に新しい格闘ゲーム。90年代に一世を風靡した「ストII」こと『ストリートファイターII』を遊んだようなユーザーにも再び格闘ゲームを遊んで欲しい思いを込め、「ゲーム性は2D、グラフィックは3D」という現代的でありながら昔遊んだプレイヤーにも優しい作品として開発が進められました。
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カプコン綾野智章氏 |
今回の取り上げる『スーパーストリートファイターIV』は『ストリートファイターIV』のパワーアップ版として、新キャラクターの追加や異なるストーリーを収録。そしてUIに「Scaleform」が採用され、表現力豊かなUIがプレイヤーを迎えてくれます。
■短期間でUIを刷新するにはScaleformしかなかった
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ディンプス第一開発部の桂氏、グラフィック制作部の多田氏 |
(1)開発のワークフローの改善 (2)UI自体の改善 です。
前作ではUIはディンプス内製のアニメーションツールを使って制作されていましたが、開発時に様々な問題点が持ち上がったほか、実際に作られたUIにおいても改善したい点があったそうです。しかも与えられた開発期間は約1年。「内部で全ての改善を行うというのは不可能に近かったので、Scaleformという外部のツールの力を借りることになりました」(桂氏)
●Scaleformによって開発が楽に
UIの開発において、前作で最も大変だったのは「組み込んでビルドしないとプレビューができない」という点だったそうです。前作では内製のアニメーションツールでUIを制作したそうですが、動作を確認するまでのフローが複雑だったということです。「Scaleform」では、FlashでUIを作成していくことになるので、Flash上でのプレビューも利用可能ですし、GFx Playerという実機上と同じ挙動をするプレイヤーもPC上で利用できます。これによりプレビューまでの時間が大幅に短縮され、その時間を制作や調整に回すことができるようになったそうです。
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FlashからワンクリックでGFx Playerでの確認ができるように |
また、「ストリートファイターシリーズに関しては基本的には世界同時発売を目指すという方針です」と綾野氏が語るように、大規模タイトルでは珍しくなくなってきた世界同時発売というのも「Scaleform」の採用を後押ししたそうです。ここで課題になるのはローカライズです。世界同時発売では「開発の完了≒ローカライズの完了」となります。「開発の完了→ローカライズ」であれば、日本語で確定したテキストを翻訳していけばいいのですが、ローカライズを並行していくと、翻訳をしながら、さらに調整が入ってしまったテキストの再翻訳というフローが入ってきて、作業量が爆発します。
しかも前作までのUIでは、テキストは画像として用意し、テクスチャとして貼り付けて使用するという方法を取っていました。すると、用意する言語分のテキスト画像を用意しなくてはなりません。途中でテキストに調整が入ると、画像も再度作成する必要があります。これはたまったものではありません。
「Scaleform」ではフォントワークスとの提携により、フォントワークスが提供するフォント自体をゲーム中に埋め込んで使用できるため、画像として用意しておかなくとも、テキストとしてだけ持っていれば画面上に表示することができます。これであれば途中でテキストに変更があったとしても、新たにテキスト画像を用意する必要が無い分スムーズな対応が可能になります。ちなみに、『スーパーストリートファイターIV』の開発現場では8言語分のテキストをエクセルで管理していたそうです。
※現在、フォントワークスとの提携は解消されており、Scaleformを使ったゲームでフォントワークスのフォントをご利用になる場合には、別途フォントワークスとの契約が必要です。
こうした開発ワークフローの改善が「Scaleform」を導入することにより実現したということです。
●豪華でダイナミックなUIが容易に実現
前作のUI自体の課題として挙げられたのは「画面の変化に乏しく、一見して 現在の階層がどこか分かりにくい」という点です。
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前作のメニュー。選択項目による変化が乏しい点が指摘された |
これはFlashとActionScriptを使うことで、ダイナミックな動きを伴った分かりやすいものになりました。元々ウェブの世界で使われる事が多いFlash。ディンプスでもFlashに動きを付けるためのスクリプト言語であるActionScriptに親しんだ開発者は居なかったそうですが、「2ヶ月ほどで習得できた」(桂氏)とのこと。
「Scaleform」を導入することでUIプログラマがActionScriptで大枠を作り、UIデザイナーがそこにデザインを当てはめていくという工程になったそうです。ただ、「デザイナーの手元で自由にデザインを作っていけるので、やたら豪華過ぎるものになることもあった」(多田氏)という嬉しい誤算も。メモリが足らなくなったり、処理落ちしたり、調整する場面もあったようです。
メインメニューは大きな1枚絵の中に「メインメニュー」「アーケード」「バーサス」「チャレンジ」といったメニューが用意されていて、画面が大きく遷移するというものに。いま、自分がメニューのどこに居るのか判断がしやすくなりました。背景のイラストは多層構造になっていて、別のメニューへの遷移時には手前ほど大きく動き、後ろは動きが少ないという工夫があります。
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選んでいる項目によって大きな変化が付けられた |
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デザイン面でも工夫が凝らされている |
■次回への課題
具体的に「Scaleform」が利用された箇所としては、メインメニューのほか、タイトル画面、キャラクターセレクト画面、コマンドリストなどです。ゲーム中のUIの大部分で利用されましたが、残念ながらメインの戦闘画面では使われていません。
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コマンドリストもFlashを用いて作成 |
この点に関して桂氏は「細かい画面表示の問題や、メイン部分まで手を付ける時間的な余裕が無かったので」と説明。しかし綾野氏は「次回作(『ストリートファイター X(クロス) 鉄拳』)でもScaleformを採用し、戦闘メニューにも使っています。60フレームで1コマも落ちない事が要求されるシビアな部分ですが、そういったところでも十分な性能を発揮しています)と明らかに。こちらも『スーパーストリートファイターIV』以上にUIに工夫を凝らした作品になっているようでした。
「Scaleform」はマルチプラットフォーム対応も大きな特徴となっていますが、『ストリートファイター X 鉄拳』はPlayStation Vita版もあり、Vitaも含めてPS3、Xbox360というマルチプラットフォームで使用されているとか。ちなみに『スーパーストリートファイターIV』ではWindowsベースに開発が進められ、それを家庭用や業務用に移植するという形で展開。その全てで「Scaleform」が採用されているとのこと。
■プログラマとデザイナーが仲良くなった
ディンプスとしては初の採用となったわけですが、他のシリーズでの意向を聞いてみると「そうですね、プロジェクト単位での判断にはなると思いますが、せっかく貯めたノウハウなので活用したいですね。あとは規模感にもよると思います。今回のように世界同時発売を目指すといったことであれば必要になってくるでしょうね」(桂氏)と前向きな回答。
一方で綾野氏はパブリッシャーのプロデューサーという立場から「僕らにとっては、工期の圧縮ができるという点が素直にうれしいところ。圧縮したにも関わらずクオリティが上がったというのはトライ&エラーがし易い環境が整っているという証明になるのではないでしょうか。“やりたいことができない。”というゲーム実装に対しての障害に足を取られるのではなく、デザイナーさんがやりたいことはほとんど実現できる。この環境が有るからこそ“UIとはかくあるべきか?”、という哲学とも思える深い部分にまで踏み込みながら開発ができる。UIデザイナーとしてはごく当たり前な姿勢であるべきなのですが、これが意外に難しい。“Scaleform”はUIデザイナーの表現を追求するのに欠かすことの出来ないツールではないかと思っています。」と話していました。
最後に多田氏と桂氏に今回のプロジェクトに携わっての感想を聞きました。
「デザイン面では、ローカライズなどに割いていた時間が軽減され、クオリティアップに時間を注げるようになった点を評価しています。UIはユーザーの利便性が第一なのは当然ですが、これまでは色々な物に追われて十分配慮出来ないケースもありました。今回は見た目だけではなく、利便性についても今まで以上に追求できたと思います」(多田氏)
「Scaleformによってプログラマとデザイナーのやり取りの密度が上がったように思います。いつでもプレビューできる環境が整ったことで、お互いがデザインをより深く考えるようになったと思います。従来はお互いの仕事に分断があったのが、プログラマとデザイナーが一緒に話をしているのを見る機会が増えて、僕はとても嬉しく思っています(笑)」(桂氏)
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左から綾野氏、桂氏、多田氏 |