◆実機プレイで『アストロノーカ』を振り返る
トークは全3部構成。「アストロノーカをみんなで振り返る」と銘打たれた第1部では、同作のプロデューサーを務めたスクウェア・エニックス取締役兼執行役員の齊藤陽介氏、ゲームデザインを手がけたモリカトロン代表取締役兼AI研究所所長の森川幸人氏、そして当時斎藤氏の下でアシスタントプロデューサーを務めたゲームプロデューサーの成沢理恵氏が登壇しました。


4種類ともトーク開始後間もなく売り切れとなりました
1998年8月27日に発売された『アストロノーカ』。その制作は1996年6月に、齊藤氏が株式会社ムームーに電話をかけたことから始まったそうです。「当時は、開発会社に連絡するときはまず電話帳で電話番号を調べるのが普通でした」と斎藤氏。20年という月日の大きさを感じさせます。
本作は宇宙のとある小惑星で、農業ロボットのピートとともに農業を営んで「全宇宙野菜コンクール」での優勝を目指すのが目的です。農作業を続けていると害獣「バブー」が作物を荒らしにやってくるので、これをトラップで撃退する必要があります。
バブーはAIが用いられており、プレイヤーの撃退方法を学んで同じトラップには引っかからないよう、適宜進化していくのが本作の大きな特徴。的確に撃退を続ければ続けるほど、バブーとの頭脳勝負が熾烈なものになっていきますが、実はバブーを無理に追い返そうとせず、たまには作物を食べさせてあげることでその進化を抑制することができます。


斎藤氏はこの仕様に関して「本作の裏のテーマともいえるものは"(バブーとの)共存"なんです」と語りました。そんな同氏のお気に入りのシステムは、宇宙農家たちをつなぐ「アストロネット」。作中では、農家に向けたニュースや告知のほか、プレイヤーの進行具合をチェックしてライバル農家たちからの激励などが届くことも。その一つひとつは「フレーバー」のひと言で片づけるにはあまりに膨大なテキスト量で、斎藤氏は「アストロネットのテキストこそが本作の真骨頂だと思っています」と語りました。


写真右:森川氏が最初に企画書に書いたのは、農場に迫るバブーを双眼鏡で見るこのシーンだったそう
◆時代を先取りしすぎた(!?)遺伝的アルゴリズム
「AIとアストロノーカ」と銘打たれた第2部はスクウェア・エニックスのテクノロジー推進部リードAIリサーチャーである三宅陽一郎氏も登壇。三宅氏はかねてより本作を非常に高く評価していることでも知られており、本イベントでも「(『アストロノーカ』は)遺伝的アルゴリズムを使った世界一のゲームです」と熱く語りました。

ところが、当時はゲームメディアを含め本作を正しく評価する向きがほとんどなかったとのことで、森川氏は「こんなにAIがきちんと機能しているのに誰も評価してくれない!」とショックを受けたそう。そのあまり、後年森川氏に初めて会った三宅氏が本作を高く評価した際には「(今まで誰も分かってくれなかったのに)この人はなんで分かってくれるんだ!?」と思ってしまうくらいだったとのことです。




三宅氏は当時を振り返り「本作はゲームデザインと人工知能が見事に融合しています。当時は人工知能を使っていることにこれ見よがしで、ゲーム性を損ねてしまっている作品もあったりしましたが、本作は一見するとむしろ(人工知能を使っていると)分からないくらいなのがもう芸術の域。これだけの作品を手がける森川氏は、さぞ近寄りがたい方なのではと思っていました(笑)」と語りました。
当時のゲーム制作といえば、プレイヤーの進行度に合わせて使うアイテムを想定して入れ込んでいくのが普通でしたが、本作はバブーがAIで進化していくので、そのプレイ体験はプレイヤーごとに十人十色。その時有効なトラップがなんなのかは、個々のプレイヤーが頭をひねって考える必要がある点が大変画期的でした。
バブーの進化(とそれへの対応)こそが楽しさのカギなので、進化しない時間が長くなればなるほど、バブーに"突然変異"が発生する確率が上昇していくとのこと。三宅氏はこの仕様に関しても「優れたユーザー体験を提供するために、シミュレーション関数を変動させていたのも画期的な点のひとつでした」と語り、齊藤氏は「このゲームはチューニングの重要さの比率がとても高いと思っていたので、そこにとにかく時間をかけました」と開発秘話を語りました。


代わりに数字や数式が多く見られる企画書になったそうです

エニックスのデバッグチームはとても優秀で多くのバグを洗い出したそうですが(前述した「作物を食べるとバブーが退化する(弱くなる)」というのも、元はデバッガーが発見したバグだったそうです)、デバッグの報告書には「ここにこういうトラップを置いたらバブーに勝ちました!」などと本気で"勝負"しているものもあったそうで「勝ちましたじゃないよバグを探してよ!?」と思ったことも……という笑い話も披露されました。
「学会からは声がかかったが、ゲーム業界からは相手にされなかった」と当時を振り返る森川氏。三宅氏は「アカデミックな視点では、この作品がゲームAIのスタート地点です。遺伝的AIを用いた初のビデオゲームなのに、それがいきなり最高峰だった。あまりにも完成度が高すぎます」と再度絶賛。「20年前にそれを言ってほしかった」と笑う森川氏に三宅氏は「20年前はまだ学生でしたので……」と少し申し訳なさそうに語る姿が印象的でした。
トークの第3部では、貴重な開発資料が公開!