任天堂の宮本茂氏はエコノミスト紙のインタビューに対し、「現在のハードウェア戦争は違った方向からの競争である」と語っています。
エコノミスト:「次の革新の波はどこから来るでしょうか?」
宮本氏:「僕が何を考えてるにしても、もちろんそれを言う立場にはありません。ひとつ言えるのは、ビデオゲームの可能性が広がっていることが分かる、ということです。つい先頃までのハードウェアメーカーは、どこが洗練されたグラフィックやレンダリングの技術を考案できるかということだけで競争してました。だけど僕らには違った方向からの競争が見えてます。お客さんは、ある特定のハードがどんなプレイ体験を作り出せるかと聞いてるんです。任天堂で僕らは、『Wii Fit』みたいにテクノロジーを日常生活に融合できるか、という方向からゲームの技術を見ようとしてるんです」
テクノロジーの独走の次代は終了し、市場には既に「違った方向からの競争」があるとするのは興味深い考え方です。任天堂ハードらしい堅牢さでタッチパネルを持ち歩けるニンテンドーDS、リモコンを動かすフィジカルな体験のWii、そして裸眼で3Dが楽しめる「ニンテンドー3DS」と、ここ数年の任天堂の動きは「ある特定のハードがどんなプレイ体験を作り出せるかと聞いてる」ニーズに応えたものとなっています。
もちろん、Wiiリモコンや「ニンテンドー3DS」を支えるのも高度なテクノロジーなのですが、「日常生活の融合」という部分が守られている限り、テクノロジー独走の状態にはならないことでしょう。逆に、「日常生活」の見極めを誤るとテクノロジーのみが先走ることになります。
実は「テクノロジーと日常生活の融合」は珍しいキーワードではありません。あらゆる家電製品は宣伝において「テクノロジーと日常生活が融合した」姿を提示しているといっても過言ではないでしょう。新テクノロジーで手間を省く全自動洗濯機。より濃密なコミュニケーションを可能とする携帯電話。更に清潔にできる掃除機。いずれもテクノロジーと日常生活が融合することで新しい世界が広がるとしています。
ポイントとなるのは「『Wii Fit』みたいに」という部分。体重・フィットネスという誰もが興味を持つことを持ってきて、価格を抑えめにすることでWiiと『Wii Fit』は大きな成功を収めました。つまり、「今後はテクノロジーの使い道をどれだけ大衆の関心に近づけられるか」というセンスの勝負だ・・・と宮本氏は語っているのではないでしょうか。
これは「テクノロジーを翻訳」するということかもしれません。『Wii Fit』に不可欠なバランスWiiボードは「ストレインゲージ」の働きで体重や身体の傾きを測定しますし、WiiリモコンやWii Motion Plusは「3軸加速度センサー」や「ジャイロセンサー」でコントローラーがどう動いているかを検知します。
「ストレインゲージ」「3軸加速度センサー」「ジャイロセンサー」と並べてみると、あれだけ親しみのあったバランスWiiボードやWiiリモコン・Wii Motion Plusが無味乾燥な機械の塊に変貌します。筆者を含めテクノロジーに親しみのない人には訳が分かりません。
「ストレインゲージ」を「体重計」「ヨガ」「筋トレ」に、「3軸加速度センサー」「ジャイロセンサー」を「テニス」「アーチェリー」「チャンバラ」とする・・・これが任天堂流のテクノロジーの翻訳でしょう。いずれもバランスWiiボードやWiiリモコンのために生み出された技術ではありません。任天堂もまたテクノロジー先行なのです。
この翻訳には、翻訳者の感性が日常に根付いていることが必要とされます。
つまり任天堂はゲーム業界のまっただ中にありながら、その外からの目も持っているのです。
「ニンテンドー3DS」では「視差バリア方式」を使用すると見られています。これは右目と左目にそれぞれ専用の映像を映すことで裸眼での3D映像を実現します。二つの目が異なったものを見ることで、一つの明晰な像が浮かぶというこの方式は、技術者としての目と生活者としての目で大衆が望むものを導き出すという、今の任天堂の哲学を体現したような存在といえるのではないでしょうか。
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