■「ジョウロ片手に歩き回って、好きな植物でガーデニング」は間違いない

本作が生活シミュレーションであることは、当初から明らかになっていました。しかし、後にホラー要素が判明したことで、いわゆる「スローライフ」な部分は単なるデコレーションに過ぎないのではないかという懸念も生まれました。
しかし、その懸念はまったくの杞憂で、発言通り「ジョウロで水を撒き、好きな植物を育てる」という要素はしっかりと盛り込まれています。むしろ、生活シミュレーション部分だけを抜き出しても成立するくらい、しっかりとしたゲーム性を楽しめます。

もちろん、その楽しさは昼間に限った贅沢ですが……!
■「寝ちゃうくらいリラックスできる」はその通り……だが、しかし……?

インタビューにて、四季に合わせて音楽が変化し、また雨の日には落ち着いたチルい音楽が流れるなど、聴覚に訴える魅力も語られました。そして、「寝ちゃうくらいリラックスできる」とも明言しています。
確かに、音楽面も魅力的で、情景に合わせて豊かな楽曲が耳をくすぐります。一日の労働が終わった後、宵闇に身を委ねれば、美しい調べと共に眠りにつく至福のひとときを味わえることでしょう。
しかし、眠りにつくまではよくとも、その後に問題が持ち上がります。

戸を叩く音が主人公の安眠を破るため、穏やかな時間はほんのわずか。そして強制的に起こされた後は、恐怖の時間が訪れます。『ほの暮しの庭』の眠りは、必ずしも朝の訪れとセットではないのです。
発言は正しかったものの、それが穏やかな一日の終わりを意味するものではありませんでした。
■「朝日を待つゲームです」は、まさにその通り

今回もっとも注目したい点のひとつが、「朝日を待つゲームです」という発言です。
インタビューの時点では、「明日は何をしようかな」と、先の楽しみが待ち遠しいといったニュアンスで語られていますが、村に住む住人たちにとっては、「恐るべき怪異が去る時を、ただ待ちわびている」というのが実態ともいえるでしょう。

夜に姿を現し、朝日と共に消えていく──世に伝わる怪異の多くと同じように、『ほの暮しの庭』の怪異たちも、日の光を避けるように去っていきます。そのため、「朝日を待つゲームです」という表現は、『ほの暮しの庭』の世界観を的確に表しているとも言えるでしょう。
この表現を特に評価したいのが、まだホラー要素を隠していた時に述べたという点です。一見なんでもない発言のようですが、実際の『ほの暮しの庭』を知った上で振り返ると、ホラー要素の示唆とも受け止めることができ、まだ明かせない要素をできる限り伝えていたのかもしれません。

視点を変えてみると、解釈も変化する。ホラー作品でもお馴染みの手法ですが、それをインタビューに織り交ぜるあたり、さすがの手腕と言わざるを得ません。
■「今後も変わらず」「可愛らしいものをどんどん」という発言に、胸が震える……!

当時のインタビューの締めくくりに、勝又氏は「今後も変わらず可愛らしいものをどんどん作り出していけたらと思います」と述べました。
『ほの暮しの庭』は、「可愛らしさ」も盛り込まれたゲームでした。もちろん、それだけではないことは、皆様もご承知の通りです。
そんな『ほの暮しの庭』のような、「可愛らしいもの」を「今後も変わらず」「どんどん」作り続けると発言した勝又氏。それが現実になるかどうかは、これからの展開次第ですが……『ほの暮しの庭』のように、可愛く、そして恐ろしいゲームが続々と出てくることを想像するだけで、胸が震えます。期待と恐怖で。














